テケテケ
出現: 深夜の線路沿いや人気のない道路
被害: 死亡
■ 怪談話
その話を最初に聞いたのは、まだ学生の頃だった。
夜遅くまで残っていた帰り道、何人かでふざけ半分に語り合っていた怪談のひとつだ。上半身だけの女が、腕で地面を叩きながらものすごい速さで追いかけてくる――そんな荒唐無稽な話を、誰も本気にはしていなかった。
ただ一人を除いて。
彼だけは、妙に真剣な顔をしていた。
「……もし会ったら、絶対に振り返るなよ」
笑いながら流そうとしたが、彼の声色は冗談にしては重かった。理由を聞いても「いいから」としか言わず、それ以上は何も語らなかった。
それから数年が経ち、あの話のことなどすっかり忘れていた。
仕事の都合で帰りが遅くなった、ある日のことだ。終電はとうに過ぎ、仕方なく徒歩で帰ることになった。普段なら使わない裏道を選んだのは、少しでも近道をしたかったからだ。
そこは線路に沿って続く細い道で、街灯もまばらだった。風が吹くと、遠くで何かが軋むような音がする。
しばらく歩いていると、不意に足を止めた。
妙な音がしたのだ。
「……テケ……テケ……」
乾いた音。規則的で、どこか機械的にも聞こえる。最初は工事か何かだと思ったが、こんな時間に動いているはずがない。
音は止まらず、むしろゆっくりとこちらに近づいてきているようだった。
嫌な予感がして、足早にその場を離れようとした。
だが、その瞬間だった。
音が急に速くなった。
「テケテケテケテケ……」
背筋が凍りついた。振り返らなくてもわかる。あれは自分に向かってきている。
走り出した。
舗装の荒れた道を、転びそうになりながら必死で駆けた。だが背後の音は一定の距離を保ったまま、ぴたりとついてくる。どれだけ速度を上げても、決して離れない。
ふと、あの時の言葉が頭をよぎった。
「絶対に振り返るな」
意味もわからず、ただその言葉にすがるように前だけを見て走った。
だが、限界はすぐに来た。
息が上がり、足がもつれる。視界の端が暗くなり、もう無理だと悟ったとき、音が止まった。
静寂が、かえって恐ろしかった。
そして、すぐ後ろから気配を感じた。
ゆっくりと、振り返ってしまった。
そこにいたのは、確かに“それ”だった。
上半身だけの女。長い髪が顔にかかり、その隙間から覗く目が、まっすぐこちらを見ていた。腕は地面についたままで、今にも動き出しそうな姿勢のまま止まっている。
口が開いた。
何かを言おうとしている。
声は聞こえなかったが、その動きだけで十分だった。
次の瞬間、視界が暗転した。
――
目が覚めたのは、病室だった。
どうやら通行人に発見され、運ばれたらしい。体に大きな異常はなかったが、数時間の記憶が抜け落ちていた。
あの夜のことを話すと、誰も信じなかった。
だが、一人だけ、あの時の彼に連絡を取った。
電話越しに事情を話すと、しばらく沈黙が続いたあと、小さく息を吐く音が聞こえた。
「……やっぱり見たか」
彼は、ぽつりと語り始めた。
昔、自分も同じものを見たことがあるという。逃げ切れず、振り返ってしまったことも。
「俺は運が良かっただけだ。あれはな、目が合った時点で終わりなんだよ」
それ以上は聞けなかった。
電話を切ったあと、妙なことに気づいた。
部屋の外、廊下の向こうから、何かを叩くような音が聞こえたのだ。
規則的な、乾いた音。
「……テケ……テケ……」
それは、確かにこちらに近づいてきていた。
■ 概要
テケテケとは、深夜の線路沿いや人気のない場所に現れ、腕で地面を叩きながら高速で移動し人を追跡することで知られる怪異である。遭遇者に接近し、逃げ切れない場合には重大な被害が及ぶとされる。特に振り返る行為が引き金になるとも言われている。
■ カタリヤの記録
- 登場時期
- 1970年代
- 登場地域
- 日本全国
- 対処法
- 不明
- 補足
- 生還したとされる者も、その後に消息を絶った例が多い。