都市伝説
公開日:
ターボばあちゃん
出現: 深夜の山道や高速道路付近
被害: 死亡
■ 怪談話
あれを見たのは、まだ免許を取って間もない頃だった。
夜中まで友人の家で遊んでいて、帰る頃には日付が変わっていた。山を抜ける近道を使えば三十分ほど短縮できる。昼間なら景色のいい道だが、夜になると街灯も少なく、ガードレールの向こうは真っ暗な崖になっているような場所だった。
助手席には友人が乗っていたが、途中から眠ってしまっていた。ラジオも雑音ばかりで、エンジン音だけが車内に響いていた。
山道に入ってしばらくした頃だった。
バックミラーの端に、何か白いものが映った。
最初はビニール袋でも飛んできたのかと思った。だが、それは一定の距離を保ったまま、ずっと後ろにいる。
カーブに差しかかっても離れない。
気味が悪くなって速度を上げた。メーターは80を超えていた。
それでも白い影は、ぴたりと後ろについてくる。
嫌な汗が背中を伝った。
もう一度ミラーを見る。
今度ははっきり見えた。
白髪だった。
腰の曲がった老人のような姿が、車道の中央を走っていた。
走っている、というより滑っているようだった。足が見えないほど速く、頭だけが小刻みに揺れている。
友人を起こそうとしたが、声が出なかった。
その時、耳元で「まだ遅い」と聞こえた気がした。
助手席の友人は眠ったままなのに。
アクセルを踏み込む。
90。
100。
山道で出す速度じゃなかった。タイヤが何度も悲鳴を上げた。
だがミラーの中の老婆は、少しずつ近づいてきていた。
その顔が見えた瞬間、全身の血が引いた。
笑っていた。
口が異様に大きく裂け、真っ黒な口内が見えていた。目は細く、細いのにこちらを見ているのがわかる。
老婆は口を開き、何かを喋っていた。
窓を閉め切っているのに、声だけが聞こえる。
「おそい、おそい、おそい」
友人が突然目を覚ました。
「何だあれ」
震えた声だった。
俺は答えられなかった。
その瞬間、車体が大きく揺れた。
後部座席側から、ドン、と重い衝撃が来た。
まるで誰かが飛び乗ったみたいだった。
バックミラーを見る。
老婆が消えていた。
代わりに、後部座席の窓に白い顔が張り付いていた。
鼻が潰れ、歯を剥き出しにして笑っている。
友人が悲鳴を上げた。
俺は半狂乱でアクセルを踏み続けた。
山道を抜ければ大通りに出る。街灯のある場所まで行けば消えるかもしれない。そんな根拠のない考えだけで運転していた。
だが、車内の空気はどんどん冷えていく。
後ろから、乾いた笑い声が聞こえていた。
カッ、カッ、カッ、という喉の潰れたような笑い声。
視線を向けたくなかった。
向けたら終わる気がした。
友人は震えながら、「見るな、絶対見るな」と繰り返していた。
その時、急にエンジン音が静かになった。
アクセルを踏んでいるのに、速度が落ちていく。
100近く出ていたはずのメーターが、70、60と下がっていく。
嫌な予感がした。
後ろから、ぺた、ぺた、と裸足の音が近づいてくる。
後部座席から。
確実に。
俺たちは振り返れなかった。
だが音は止まらない。
ぺた、ぺた、ぺた。
すぐ真後ろまで来た。
耳元で、しわがれた声が聞こえた。
「追いついた」
次の瞬間、フロントガラスいっぱいに白い顔が映った。
老婆が、車の外に立っていた。
あり得ない。
さっきまで後部座席にいたはずなのに。
車は急ハンドルを切り、そのままガードレールに突っ込んだ。
気づいた時には病院だった。
俺だけが助かっていた。
医者によると、発見された時、助手席の友人はいなかったらしい。
血痕もなく、ドアも閉まったままだった。
警察は事故の衝撃で外に投げ出された可能性を説明したが、崖下を探しても見つからなかった。
数日後、事故車を見に行った。
廃車置き場の奥に、潰れた車体が置かれていた。
後部座席の窓ガラスに、無数の手形が残っていた。
その中に、一つだけ異様に小さい手形があった。
子供のものにも見えたが、指が長すぎた。
ぞっとして目を逸らした時だった。
車体の下から、かすれた声が聞こえた。
「次はもっと速く走れ」
あの時以来、夜の山道は走っていない。
だが、高速道路を走っていると、たまにバックミラーの端に白い影が映ることがある。
そのたびに、無意識にアクセルを踏み込んでしまう。
追いつかれたら、終わる気がするからだ。
■ 概要
ターボばあちゃんとは、深夜の山道や高速道路付近に現れ、車を超える速度で追走することで知られる怪異である。異常な速度で接近し、車内へ侵入したとされる例も存在する。追いつかれた者は事故や失踪などの被害に遭うと噂されている。
■ カタリヤの記録
- 登場時期
- 平成初期
- 登場地域
- 日本全国
- 対処法
- 条件付きで回避可能
- 補足
- 一定距離以上追い越されずに走り切った場合のみ助かった例が存在するとされる