都市伝説
公開日:
ひとりかくれんぼ
出現: 深夜の自宅
被害: 失踪
■ 怪談話
私は昔から都市伝説が好きだった。
動画や掲示板で語られる怪談は一通り見てきたつもりだったが、その中でも「ひとりかくれんぼ」は妙に印象へ残っていた。ただ、実際の手順は危険だという話ばかりで、試そうとは思わなかった。
そんなある夜、匿名の掲示板で奇妙な書き込みを見つけた。
「本物は誰も知らない。今広まっているのは失敗した遊びだ。」
その投稿には、実際の儀式ではなく「昔から伝わる遊びを再現した」という、まったく別の方法が書かれていた。
必要なのは、長く持ち主が変わっていない人形ひとつ。
それを机の中央へ座らせ、小さな鏡を正面へ置く。
部屋の四隅には白い紙を一枚ずつ敷き、それぞれに違う印を描く。
家中の時計が同じ時刻を示していることを確認し、照明を消したあと、玄関だけは灯りを残す。
最後に、人形へ新しい名前を与え、「遊びの間だけ、その名前で呼ぶ」と告げる。
そこまで済ませたら、人形へ背を向けて十歩歩き、振り返らずに隠れる。
終わらせる時は、人形の名前を三度呼び、「もう誰も探さなくていい」と伝えるだけ。
投稿には「途中で鏡を見てはいけない」とだけ書かれていた。
拍子抜けするほど簡単だった。
私は作り話だと思いながらも、その夜のうちに準備を始めた。
押し入れの奥から古いぬいぐるみを取り出し、机の中央へ座らせる。
小さな鏡を真正面に置くと、人形はまるで自分自身を見つめているようだった。
白い紙を部屋の四隅へ置き、それぞれ違う印を書き入れる。
最後に、人形へ思いつきの名前を付けた。
普段なら絶対に付けないような、不思議と口に出しやすい名前だった。
時計が深夜を回る。
家中の照明を消し、玄関だけに明かりを残した。
私は人形へ向かって静かに言った。
「今夜だけ、その名前で呼ぶ。」
返事はない。
もちろん返事などあるはずもない。
十歩歩き、押し入れへ身を隠す。
その瞬間から、家の空気が変わった。
音が消えたのだ。
冷蔵庫の運転音も、外を走る車の音も聞こえない。
壁掛け時計だけが、やけに大きく時を刻んでいた。
どれくらい経った頃だろう。
廊下で小さく床が鳴った。
……ギシ。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと近づいてくる。
人の歩幅ではない。
もっと短く、小刻みな音だった。
私は押し入れの隙間から廊下を見た。
誰もいない。
それなのに音だけが近づき、押し入れの前で止まる。
息を殺していると、今度は別の音が聞こえた。
コツ。
鏡を軽く叩くような音だった。
一度だけではない。
コツ。
コツ。
一定の間隔で鳴り続ける。
人形の置かれた部屋は廊下の先にある。
誰もいないはずなのに、誰かが鏡へ指先を当てているような音だけが響いていた。
私は無意識に携帯端末を取り出した。
画面は映る。
しかし時刻だけが表示されていない。
数字が滲み、読めなくなっていた。
その黒い画面へ目を落とした時だった。
私の顔の横に、小さな頭が映っていた。
押し入れの中には私しかいない。
反射なら、そこにいるはずがない。
慌てて顔を上げる。
誰もいない。
それでも、画面の中だけには人影が残っていた。
細い腕。
俯いた顔。
そして、こちらを向いた瞬間、画面が真っ暗になった。
次の瞬間だった。
廊下を走る音が聞こえた。
さっきまでの小さな足音ではない。
家中を何かが駆け回っている。
居間。
台所。
寝室。
また廊下。
部屋という部屋を順番に探しているようだった。
音は次第に速くなり、最後には押し入れの前で止まった。
扉一枚向こうに、何かが立っている。
見えないのに分かる。
息遣いもない。
気配だけがある。
どれほど時間が過ぎたか分からない。
やがて足音は遠ざかった。
私は終わりの言葉を思い出した。
「もう誰も探さなくていい。」
押し入れを飛び出し、人形のいる部屋へ走る。
机の上には誰もいない。
人形だけが消えていた。
鏡は床へ落ち、ひび割れている。
割れ目の一本が、部屋の入口を指差すように伸びていた。
その先には、小さな濡れた足跡が続いていた。
裸足の子どものような跡だった。
私は震えながら、その跡を追った。
玄関まで続いている。
灯りだけが点いた玄関には、人影はない。
外へ出た形跡もない。
振り返ると、廊下の奥に人形が立っていた。
さっきまで座っていたはずなのに、自分の足で歩いてきたような位置だった。
私は人形の名前を三度呼び、「もう誰も探さなくていい」と告げた。
その瞬間、玄関の灯りが消え、家中へいつもの生活音が戻った。
冷蔵庫が動き始め、外を車が通り過ぎる音も聞こえる。
遊びは終わった。
そう思った。
翌朝、人形を箱へしまおうとして気付いた。
鏡は割れたままだったのに、人形だけは昨日より少し新しく見えた。
色あせていた布地には艶が戻り、片方だけ傷のあった目も、左右まったく同じになっていた。
そして鏡の破片には、小さな指で何度もなぞったような跡が残っていた。
それ以来、深夜に家の鏡を見るたび、ほんの一瞬だけ私の背後へ古いぬいぐるみが映ることがある。
振り返れば何もいない。
だが鏡の中のそれは、毎回ほんの少しずつ、私との距離を縮めている。
■ 概要
ひとりかくれんぼとは、深夜の自宅に現れ、人形を用いた儀式を行うことで知られる怪異である。決められた手順で儀式を始めると、家の中で不可解な気配や物音に遭遇するとされ、最後まで正しく終えられなかった者は失踪すると語られている。
■ カタリヤの記録
- 登場時期
- 平成初期
- 登場地域
- 日本全国
- 対処法
- 条件付きで回避可能
- 補足
- 儀式を最後まで正しい手順で終了した場合のみ回避できるとされる