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妖怪 公開日:

八尺様

出現: 夕暮れ時の田舎道や古い民家の周辺

被害: 失踪

■ 怪談話

 祖父が亡くなったという知らせを受けて、僕は数年ぶりに田舎へ戻った。

 山に囲まれたその集落は、昼間でも静かで、夕方になると虫の声ばかりが耳につく場所だった。子どもの頃は夏休みのたびに遊びに来ていたが、大人になってからはほとんど訪れていない。

 通夜の準備を終え、親戚たちが居間で酒を飲み始めた頃、僕は一人で縁側に出た。

 そのときだった。

「ぽぽ、ぽぽぽ……」

 どこか遠くから、女とも男ともつかない奇妙な声が聞こえた。

 最初は鳥の鳴き声かと思った。だが、妙に人間の発音に近い。しかも一定の間隔で繰り返されている。

「ぽ……ぽぽ……」

 声はゆっくり近づいてきていた。

 僕は気味が悪くなり、立ち上がって周囲を見回した。薄暗い畑道の向こうに、何か白いものが見えた気がした。

 だが、その瞬間だった。

 背後から伯父に強く肩を掴まれた。

「見るな!」

 怒鳴るような声だった。

 伯父はそのまま僕を家の中へ引きずり込み、乱暴に障子を閉めた。居間にいた親戚たちも、急に静まり返っていた。

「今、外を見たのか」

 伯父に聞かれ、僕は「白いものが見えた気がする」と答えた。

 すると、部屋の空気が一気に重くなった。

 祖母が震える声で言った。

「あれに見つかったんだよ」

 その晩、僕は二階の部屋に閉じ込められた。

 窓には札が貼られ、外側から板まで打ちつけられていた。意味が分からず抗議したが、誰も説明しようとはしない。

 ただ、「絶対に窓を開けるな」「声がしても返事をするな」と何度も言われた。

 深夜を過ぎた頃だった。

「ぽぽっ……ぽぽぽ……」

 また、あの声が聞こえた。

 今度はすぐ近くだった。

 僕は布団の中で息を潜めた。すると、窓の外を何かがゆっくり歩く気配がした。

 みし、みし、と床板が鳴る。

 二階の高さの窓の外を、誰かが歩いている。

 ありえない。

 この家の外に足場などない。

「ぽぽ……」

 窓のすぐ外で声が止まった。

 その瞬間、僕は強烈な圧迫感を覚えた。窓の向こうに、何か巨大なものが立っていると直感した。

 見てはいけない。

 そう思うほど、確認したくなる。

 僕は震える手で布団を少しだけ下ろした。

 窓の隙間から、白い服の裾のようなものが見えた。

 異様に高い位置に。

 次の瞬間、窓を爪で引っかくような音が響いた。

 僕は悲鳴を上げそうになったが、ちょうどその時に一階から読経のような声が聞こえてきた。  どうやら親戚たちが何かを唱えているようだ。

 すると、窓の外の気配はゆっくり遠ざかっていった。

 翌朝、伯父がようやく事情を話してくれた。

 この辺りでは昔から、“八尺様”と呼ばれるものの話があるという。

 背の高い女の姿をしていて、「ぽぽぽ」という声を出す。気に入った人間につきまとい、数日以内に連れ去るのだと。

「子どもを狙うことが多いが、大人でも油断すると持っていかれる」

 伯父はそう言った。

 僕は作り話だと思いたかった。だが、昨夜の出来事を思い返すと笑い飛ばせない。

 その日から、僕は家の一室に閉じ込められた。

 窓には札。四隅には盛り塩。親戚が交代で監視につく。

 携帯電話も取り上げられた。

「あと数日耐えればいい」

 伯父はそう言った。

 だが、二日目の夜。

 僕は部屋の外から、自分の母親の声を聞いた。

「開けて。もう大丈夫だから」

 だが、母は別の部屋にいるはずだった。

 声は戸のすぐ前から聞こえてくる。

「ねえ、開けて」

 優しい声だった。

 僕は立ち上がりかけた。

 その瞬間、廊下の向こうから伯父が怒鳴った。

「返事をするな!」

 すると戸の前の気配がぴたりと止まり、しばらくして、低い笑い声のようなものが聞こえた。

「ぽぽぽ……」

 僕は全身から血の気が引いた。

 三日目になると、僕はほとんど眠れなくなっていた。

 少しでも目を閉じると、白い服の女が夢に出る。

 顔は見えない。

 ただ異様に背が高く、首をゆっくり傾けながらこちらを見下ろしている。

 四日目の夕方。

 突然、家の外で悲鳴が上がった。

 監視役をしていた遠縁の男性が、気が触れたように暴れ始めたという。

「あそこにいる! 見てる!」

 彼はそう叫びながら外へ飛び出し、そのまま山の方へ走っていった。

 結局、戻ってこなかった。

 その夜、伯父は僕を車に乗せた。

「ここにいると危ない。別の場所へ移す」

 車内では誰も喋らなかった。

 山道を抜け、暗い峠に差しかかった頃だった。

「ぽぽぽ……」

 窓の外から声が聞こえた。

 僕は反射的に顔を上げた。

 街灯もない闇の中、道路脇に白い影が立っていた。

 電柱より高い。

 いや、それ以上だった。

 細長い腕が、不自然な角度でこちらへ伸びている。

 運転していた伯父が舌打ちし、アクセルを踏み込んだ。

 だがバックミラーに映るそれは、走る車に合わせるようにゆっくり近づいてくる。

「見るな!」

 伯父の怒鳴り声と同時に、僕は目を閉じた。

 そのあと何が起きたのか、よく覚えていない。

 気づけば僕は別の県の親戚の家にいた。

 それから数年経った今でも、夕暮れ時にあの声を思い出すことがある。

「ぽぽ……ぽぽぽ……」

 もしあのとき、窓を開けていたら。

 もし戸の声に返事をしていたら。

 僕は今ここにいなかったのかもしれない。


■ 概要

八尺様とは、夕暮れ時の田舎道や古い民家の周辺に現れ、「ぽぽぽ」と奇妙な声を発しながら人をつけ狙うことで知られる怪異である。異様に背の高い女の姿で目撃されることが多く、一度標的にされると数日以内に連れていかれてしまう。特定の儀式や隔離によって回避したという話も存在するが、詳細は地域によって異なる。

■ カタリヤの記録

登場時期
平成初期
登場地域
日本全国
対処法
条件付きで回避可能
補足
目を合わせずに顕現範囲から逃れることで生存した例が存在するとされる